Family Diary










2006年から綴った家族のDiary。2020年4月から第5章に突入!

カテゴリ: 家族のブログ第4章

「幾 久しくお受けいたします 。」

先日の日曜日、娘の結納を無事にすませてきた。寂しい気持ちでいっぱいだ。2006年に「家族のブログ」として始めたこのブログも気がつけば14年の年月が経ってしまった。第1章は中学時代、第2章では女子高生になった娘くるたん、第3章では花の女子大生?、そしてこの第4章ではOLになった娘と家族の日々を綴ってきた。月に1だけの更新になってしまったが、これからもこのブログは続けるつもりだ。第4章は今月でThe End。来月からは夫婦2人だけの生活になり、第5章をスタート。孫ができジジババになったら第6章として続けていくつもり。そして第7章(最終章)で人生を終える予定だ。

Img_1500side-2

ココログで始めたブログだが容量が足りなくなり、第1章~第3章まではライブドアのブログに移行している。そんな懐かしいブログはこちら。
http://blog.livedoor.jp/ton129-family_diary/

コロナウイルスの感染が広がっている。今月、来月に開催される予定だったマラソン大会も次々に中止となっている。東京マラソンが一般参加者の中止を決定してからこれまでに3月に行われる大会もほぼ中止。今シーズン勝負をかけた静岡マラソンももちろん中止になった。静岡で、60歳でサブ3.5を達成しようと日々頑張ってきた。先日の青梅マラソンは東京マラソンが中止を決定する前に開催されたため何とか走ることができた。昨年の青梅の自己記録を3分ほど更新、静岡での目標に一歩近づいていただけにとても残念でならない。今年秋以降のレースまでこのまま走力とモチベーションを維持出来るかとても不安でならない。日に日に感じていることは疲れが抜けないということ。昨日も30kmを走ったが今朝になってもまったく疲れが抜けない。間違いなく体力の限界に近づいているのだと思う。まぁそんな個人的なことよりも、コロナウイルスの感染がこれ以上広がらず、終息して欲しい。今回のことで思うのは、「人類が滅亡って、あっという間なのかもしれない。」今回のコロナウイルスはそんな人類に対しての警告なのかもしれない。

いよいよオリンピックイヤーの2020年になった。すでに1月も2/3が過ぎているが、今年から来年にかけては忙しい年になりそうだ。その1つが仕事。4月末でこれまで一緒にやってきたパートナーが退職することになった。理由は親の介護。これまでも同じ理由で職場を離れた先輩、後輩も多くいる。自分も同じような状況にいずれはなるだろう。それが定年退職前になるか、あとになるかの違いだけだと思う。現在の部署でうまくやって来れたのもそんなパートナーがいてくれたお陰だ。マラソン大会の遠征の時もフォローしてくれたり、ワガママを聞いてもらえた。それに伴う人事異動もあるだろう。いずれにしてもこれまでどおりには行かないことは確かだ。後輩もうまく育っていないし…。

さらにもうひとつ。このブログは家族の節目で第1章から現在の第4章まで続けてきたが、いよいよ第5章目に突入する時期が近づいてきている。第1章は娘が中学生、高校に進学してから第2章。大学生になって第3章。そして現在社会人になってからは第4章。そして第5章へ。いずれはキチンとご報告する予定だが、いまは何事もなく無事に事が進んでいくことを願うばかりだ。

S__4235266-2 

9月から続いていた土日のイベントも一段落し、12月に2回あるイベントを切り盛りすればなんとか今年も締めくくれそうだ。ただやはり歳だなぁと思い知らされたことが2度ほどあった。今月は中旬に疲労がたまり体調を崩して仕事を休んでしまった。そして今週も急に寒さが本格化したため、風邪をこじらせてしまった。そして今月2度目の休み。無理はできない身体になって来ていることは確かだ。そんな中、今月も200kmを走ってしまった。体調を崩したのは勝手に仕事のせいにしているが、よくよく考えれば、走っていることに無理があるのかもしれない。自分はまだ大丈夫だ!という過信が一番よくないのは理解しているつもりだが、そう思いたくないと決めつけているところが、もう既に歳を取った証拠なのだろう。そんななか明日、5年連続5回目の湘南国際マラソン(フル)を走る。さすがにベストな状況ではないので、大人しく走るつもりだが、スタート地点に立ってしまうと、また頑張ってしまうのだろう。そんな17日目のフルマラソン、そして50代最後のフルマラソンをとにかく楽しんで走ろうと思う。

20191130-171426

フルマラソン16戦目は先月27日に故郷岩手(盛岡)で行われた「いわて盛岡シティマラソン」だった。今回は圏央道、東北自動車道を使って家族みんなで車で盛岡入り。2011年の震災の翌年に家族で帰省して以来なのでかなり久しぶり。娘が小さい頃は夏休みには必ず車で帰省していたのが懐かしい。長距離ドライブには欠かせなかった音楽もハード面でだいぶ進化してきた。カセットテープからMD、CD、そしてiPodに保存した音楽をFMトランスミッターを使ってカーラジオ(FM)から流していた時期もあった。いまではスマホに保存している音楽や、Spotifyからダウンロードした曲をBluetoothを使って聴いていたりする時代になった。音は悪いけどSDカードも使えるし。

盛岡入りして翌日は朝早く起きてマラソンのスタート地点の岩手大学へ一人で向かった。盛岡駅からシャトルバスも出ていたが、あるいても25分ぐらいなので、軽快な音楽を聴きながら会場入り。青森、福島、東京からエントリーしたラン友と待ち合わせしてスタート前に気合をいれる。当日は日射しもなく、気温は少し寒いぐらいの絶好のマラソン日和。9時に号砲がなり、いつもより遅いペース走るつもりがAブロックからのスタートということもあり、周りは4分30秒ぐらいのペースで進む。そんなペースで走ったら42㎞はもたないとひとりペースを落として走った。しばらくすると3時間30分のペーサーを見つける。このペーサーについていければグロスで3時間半カットが出来る。そこから30kmほどずっとペーサーの真後ろを走った。途中25km付近から始まる登坂では少し離されてしまったが下りで再度追いつくことができた。35km付近でペーサーがペースを落としはじめる。2分ほど貯金があるので少しペースを落とすとのこと。まだ余裕があったので、そこからペーサーの前に出てゴールを目指した。ペースが落ちなければ、3時間28分を切って自己ベスト。さらにグロスでも3時間半を切ることができる。グロスで3時間半を切りたい理由があった。毎年2月に行われる『大分別府マラソン』の出場資格を得られるからだ。来年2月のエントリーは既に締め切られているため、再来年の大会にエントリーが可能となる。そんな夢のような舞台を走りたいという思いが、最後までほぼイーブンペースで走れた理由だったのかもしれない。ゴールしてみれば、3時間27分56秒と自己記録を更新。グロスタイムでは4分ぐらい更新したことになる。9月に足を痛め、ほとんど走れなかったが、10月はほぼ毎朝3時半起き、4時には自宅をスタート。ヘッドライトを手に持って起伏のあるコースを走り続けた。なんでこんなことしているんだろう?なんて一度も思わなかった。とにかく日頃から走っていないと、走り続けていないとフルマラソンは辛いばかりで地獄を味わってしまうことになる。PBを更新した瞬間、そんな辛い練習なんか吹っ飛んでしまうぐらいこの上ない達成感が得られる。それが病みつきになっているのかもしれない。

2泊3日の短い帰省だったが、両親にもいろんな報告が出来て、少しは親孝行できたかなと思っている。次回の帰省は年明けになると思うがそれまで元気で過ごして欲しいと願っている。

456   

家族みんなで帰省ドライブをしていた夏休みがなつかしい。8月に入ってから毎日暑い日が続いている。7月に頑張って働いた分、今月は少し多めの休みをもらっている。そして8月に入ってすぐ念願の富士登山に挑戦。いわゆる弾丸登山なのだが、フルマラソンを完走できる人は体力的に全く心配ないと何の根拠もない甘い言葉にのせられて、ラン仲間7人で山頂を目指した。ツアー登山客で大渋滞の登山道を駆け上がり、日の出の前に無事に登頂成功。あの時見たご来光は一生の思い出になるだろう。そして山頂で食べたカレーメシも最高だった。お鉢巡りもして午前7時前には下山。みんなで温泉で汗を流し、名物吉田うどんを食べて、一睡もしないまま帰宅。その後の1週間は眠くて眠くて仕方なかった。3,4日ランオフしたが、先週末から練習会に復活。恒例の真夏のインターバル42本をこなし、来週の北海道マラソンに向けてあと少し頑張ろうと思っている。週に一度通っているギターレッスンも年内にはバークリーメソッド一冊を終了しそうなところまできている。おかげで以前よりも読譜力はついたと思う。9月中旬には還暦祝いの同級会が故郷で盛大に行われる。いろんな意味で人生の区切りになる年になりそうだ。

Collage

7月も1/3が過ぎてしまった。相変わらずドンヨリとした梅雨の空。いつになったら梅雨があけるのだろう。そんなことを思いながらほぼ毎日午前4時からジョグをスタート。帰宅してシャワーを浴び、家族揃っての朝食の毎日。

先月末には家族で千葉の富里で開催されたスイカロードレースに参加。10kmのレースの途中とゴール後に好きなだけスイカを食べられるという人気の大会。夫婦でしっかり走って、ガッツリスイカを食べて、近くのスーパー銭湯で汗を流し、娘と合流して酒々井のアウトレットでガッツリショッピング。またしても財布をおねだりされて痛い出費だったが、ボーナスの支給日が近かったこともあり財布と同じブランドのバッグを買ってもらった。女性に人気のブランドだが、ずっとトートバッグが欲しかったのでこれは素直に嬉しかった。上着なし、ノーネクタイのこの時期にはこのトートバックがベストマッチかも。

さて今週末は世間では3連休だが自分は仕事。なんと3週連続の休日出勤!毎年この時期は仕方がないと思いながら毎年何とか乗り切っている。Kママはこの連休を使って久しぶりに実家に帰省。ということで娘と二人で朝晩の食事の準備をする予定。さてどうなることやら。

8月はいよいよ富士山に挑戦する。元気なうちに一度は登ってみたいと思っていたが、ついに実現しそうだ。ただ天候によっては中止なる可能性もあるが…。そして3年連続3回目の北海道マラソンにも参加。仕事も少しは落ち着くので短い夏を思いっきり楽しみたいと思っている。

元号が変わって早1ヶ月が過ぎた。9月に故郷岩手で行われる還暦記念同級会の知らせも届き、否が応でも60歳という年齢を意識することになる。ただ歳をとるのも悪くないと思えることがひとつある。毎年5月に発表される全国マラソンランキング。昨年の4月から今年3月までの期間のフルマラソンのベストタイムで年齢別の順位が発表になる。2016年は1091位、2017年は512位、そして今回は270位!歳をとるごとに分母が小さくなっていることもあり、順位が大幅にアップ。目指すは還暦で100位以内に入ること。8月の北海道マラソン、10月の盛岡シティマラソン、12月の湘南国際マラソンで結果を出したいと思っている。

最近は週末の練習会の他、あちらこちらで行われている月例大会にも参加。先週は月例赤羽マラソン、月例多摩湖マラソンと2週続けて月例大会に参加。月例多摩湖は終始アップダウンのあるコースで12㎞、なんとか平均4分43秒のペースでゴール。先月の足柄峠走での坂道練習の効果があったのかもしれない。走ったあとは他の大会に参加していたラン仲間と合流して食事会。ワインのボトル1本を空けて昼間からほろ酔い加減で帰宅。

来月は仕事が忙しくなり週末の土日休みもなく憂鬱だが、その分今月は地元の大会の他、家族で千葉のスイカ食べ放題のロードレースに参加して思いきり楽しんでこようと思っている。

Img_8407

平成から令和へ。令和元年に還暦を迎えるなんて、これはただの偶然ではないかもしれない。昭和に生まれ、楽しい学生時代を過ごし就職。平成で結婚、そしてまがりなりにも親になり、娘の教育費を稼ぐために仕事も頑張った。40代半ばから50代はじめにかけてが一番辛かった。そんなときに始めたのがこのブログ。気がつけば13年の年月が流れ、娘も社会人となり先日昇級試験にも合格。50半ばで始めたランニングも何故か夫婦でハマリ、走れる毎日に夫婦で幸せを感じている。2年後には定年(その後3年間は嘱託で勤務することになる)を迎える。人生これからが大切だと思っている。どんな人生だったのか?それを締めくくる最終章に突入した感じ。人生楽しいことばかりではない。この先に辛い人生が待ち受けているかもしれない。でも例えどんなに辛くても、それを乗り越える精神力だけは養っていきたいと思っている。

Dsc09876 

10年前の2009年は娘が高校に入学した年だった。

新年号が発表された。取りあえず昭和→平成→令和まで生きていられるようだ。明治生まれの方々は、大正、そして昭和。大正生まれの方々は、昭和、平成と3元号を生き続けてきた。昭和生まれの自分は、平成から令和で3元号を生きることになる。そしてこの令和で人生を終えることになるだろう。それだけに残り僅かな人生を精一杯生きよう!そんな風に思っている。先月末に娘の友達と家族で横浜で食事をしてきた。娘には出来過ぎの友達かもしれない。そんな彼を「出来過ぎ君」と呼ぶことにした。

P3302519 

先週末は絶好のお花見日和。Kママと恒例のお花見ラン。

Img_3642

今年もお互い元気にお花見をしながら走れることに感謝。新年度、仕事もまだまだ忙しい日々が続くが、GWを楽しみに頑張ろうと思う。

↑このページのトップヘ